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Wednesday, May 31, 2006

チマチマと

士の字の機体や脚カバーは全体を中性洗剤とぬるま湯で洗ってドライブースの中へ. 明日には塗装に掛かれるといいな.

 乾燥待ちの間に本日はチマチマと細部の加工.

Dscn1757_1頭部防弾板、キットにはガーランドフード用と通常型のフード用の2つが用意されているが、通常型フード用の防弾板はA-3型等の初期型で使用された形でF-8型に対しては正しくない.

ガーランドフード用の防弾板のヘッドレストを削り落とし、ヘッドレストのみ通常型の防弾板から切り取って接着して正しい形へ修正した.

Dscn1756 脚柱はパーティングラインを消し、トルクリンクに軽め穴を開口した. ムクの一体モールドに比べ精密感を演出出来ると思うのだけど、誰も見てくれないかな? この後ブレーキパイプをつけなきゃ. でも今日は疲れたのでここまで

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Tuesday, May 30, 2006

仲々進まず

フォッケF8、士の字になってから仲々進まない. 整形の際に消えてしまった筋彫りの彫り直しや、凸モールドの主翼前縁のリベットの再生、ガンポートとガンカメラの整形、真鍮パイプでピトー管の作り直し、胴体側面のアクセスパネルにラッチのモールドの追加といった細々としたことをやってると何時の間にか時間が過ぎてしまった.

Dscn1754 ピトー管はこんな風. AR別冊の松葉氏の図面とトライマスターのキットの説明書からΦ0.6の真鍮パイプ12mm、Φ0.4mmの真鍮パイプ5mm(何れも主翼の外に出ている長さ)の組み合わせで作成. エポキシで接着した.

脚収納部、コクピットとカウリング前面をマスクし漸く塗装前へ.Dscn1755

キットはタミヤの製品らしからぬ表面のヒケが目立つので全体を#600の水ペーパーでサンディングして平滑にしてから改めてモールドを彫ったりしたもんだから時間ばかり掛かった. でも表面に押し出しピンの丸がうねりの様に目立つのはイヤだもんね.

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Monday, May 29, 2006

薬が変わった

今日は受診の日. 最近3週間くらい、妙に手先足先が冷たくなり、身体全体が冷えびえした感じで気分が悪い日があった. トレドミンにはα作用が或ると以前に聞いていましたので、これにより末梢血管が収縮して冷たい感じが出たのかなと推測していたが.

担当医に聞いたところ、SSRIやSNRIなどの抗鬱薬で、漢方薬で言うところの「証」が虚証側に振れるケースが散見され、これに対しては補中益気湯などを処方する場合があるとの由. おそらく作用機序の点ではそんなに外しても居ないだろう.

薬疹の件は、レニベースを中止してからすっかり消失したことと、以前のドグマチール+デジレルの組み合わせの方が調子が良かったことから、以前の処方に戻すことに.

某医院への日勤当直に行かずに済む様になったことはかなりのストレス軽減に成っていると思うが、その効果が感じられるのは今週末ぐらいだろうか.

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Friday, May 26, 2006

無い袖は振れない

 今、火曜日の日勤、木曜日の日勤当直と土曜~日曜日日勤と外勤に出ている.大学には月・水・金に行っている.

 木曜日の日勤当直は諸事情により心に大きなストレスを感じ、金曜日はどうも鬱の度合いが強い様に思う. 先週は化学療法学会に行ったのだが、京都へ向かう途中でそこから携帯にTELが有り、そのことで自分の頭の中で「シネシネ団」が5日ほど暴れまわっていた.

 ま、一言で言うと、そこの院長の方針とパーソナリティが苦手ってことなんだけど.

 大学病院等の勤務医の収入は、30年前と比べ額面ベースで殆ど変わって居ない.

 自分が免許を取るよりもずっと前の時代は、勤務医と製薬企業等の癒着(接待)が凄く、学会への旅費も宿泊費も食事代等も、学会費も企業持ち、更にその企業の製品の使用経験と言った演題では個人のフトコロに入る献金の類も在ったと聞く.

 勿論、今はそんなものは無い.

 有っては成らない事態から正常化しただけなのだが、いわゆる「同門の開業医の先生」といわれる類の方々の中には、その頃の感覚のままの方も少なく無い.

 30年前と比べ、物価は上がった.これは間違いない. ギャラは変わらないか寧ろ下がった. 様々な役得は(それが正しいことか否かは置いといて)無くなった.

 結果として勤務医の経済的な待遇は、この30年、下がりっぱなしだったのではないだろうか. 更に、インフォームドコンセントや技術の進歩に伴う治療の高度化から、入院患者の重症度(=人手を要求する度合い=仕事量)は格段に増している

 待遇は下がり、仕事量は増大し、マスコミからは30年前のイメージで叩かれる.こんな仕事を誰がしたい?

 臨床研修医の大学離れ、メジャー科(内科、外科、小児科、産婦人科といった生命に直結する診療科)志望者の減少は必然だ. メジャー科の中堅層の「パンデミックのような」離脱も必然だろう. 

 でも、「心が僻地」の土地の首長や同門の先生方は医局に医者をクレクレと要求するのみ. 「無い袖は振れない」と言うことを認識出来ないんだろうか?

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Thursday, May 25, 2006

PC壊れた

 現在、僕はIBMのThinkpad T41(2373-AKJ)というPCを主に使ってるけど、今日文書をタイプ中にキートップが4つ外れてしまった.

 O, L, @とBACKSPACEの4つ. このPCに成ってから何度かキートップが外れ飛ぶ故障に遭っている.

 家内に言わせると「親の敵の様に激しく」 タイプしているそうなので、その所為かも知れないが、それにしても外れ過ぎじゃないかい?>IBM

 今使っているT41は、僕にとっては3代目のThinkpadで、それまで使っていた760ELや600Eと言った機種では此の様なトラブルは全く無かったことから、IBMの機械に対して強く信頼をしていたのだけどこのT41ではキーボードの換装を2回やってもやはりキーが飛ぶので、キーボードの構造自体が以前の機種より”ヤワ”なんかも.

 コストダウンのため、仕方ないのかも知れないし、実際以前の600Eなどの売価に比べて今は半値に成ってるけど、少々高目でも、質の良い製品も欲しいなぁ

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Saturday, May 20, 2006

今日はトムキャッツの例会

 昨日京都から帰ってきました.

 京都では真鍮パイプばかり\1.8K程買って来たのですが、昨夜凧一師匠から頂いたコメントによると、この行動は私たちに共通するものの様ですね.

Dscn1749

 以前琴平の方に「べんべ」さんが在った頃は福原金属の真鍮パイプの取扱いが在ったので、現在の様な、「多量に在庫しておかなければ、在庫切れになったら暫く入手出来ない」という危機感も無かったのですが、最近は近場で手に入らないからついついこういった物資の備蓄に励むことに成ります. 二人で1軒の模型屋の真鍮パイプを買い占めたり、一人で模型屋の手持ちの2/3をごっそり買って行くなんて首都圏や関西圏に御住まいの方には創造つかないことかも知れませんね.

午前中はフォッケF-8の機関砲基部を整形、MG151を真鍮パイプから切り出し、水平尾翼を取り付けて士の字にするところまで.

 これからこの半完を持って出発です

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Thursday, May 18, 2006

化学療法学会

 今日と明日は京都で化学療法学会. 口演7分、スライド10枚は昨日ボスのチェック済み.

 演題のことよりも、心は京都の鉄道模型の店に飛んでしまっている. というのも、真鍮線や真鍮パイプ、帯金など、自分が模型を作るのに必要だけど近場で手に入りづらい物資の調達のため.

 高校生の時に初めて修学旅行で京都に行ったけど、その頃は熊本では入手困難な外国製の模型やデカールを売っている模型屋に行きたくて堪らなかった.

 今はその辺のものは近場でも手に入るし、国内がダメなら海外通販も在る. でも昔と逆にベーシックな素材は入手しづらくなった様に思う.

 大学院生や、院を出たばかりの連中の実験もキットを使うことが多くなり、自分でバッファー等を調製したりすることは殆ど無くなった様だ.

 思っていることは在るけど、上手く言葉にまとまらないなぁ。。。

そろそろ着替えて駅に行かなきゃ

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Wednesday, May 17, 2006

ガンポート、ガンカメラ

 今日は主翼付け根の機関砲取り付け部に盛った瞬間を整形しドリルで開口. ところがこれがプラの硬さと瞬間の硬さの違いか、あるいは接着面に重なってる為か上手く開口出来ずにドリルが逸れてしまう.

 前回も同じところで同じ様にドリルが逸れて機関砲が左右で少し不ぞろいに成ったのに、学習が足りない. 仕方ないのでΦ2mmのドリルで周りまで大きく開口し2mmプラ棒を埋め込む. ちょうど、ガンポートの穴がプラ棒を貫く様にすると上手く開口出来た.

 急がば廻れ と言うことか.

 ガンカメラも同様にプラ棒を埋め込んでからΦ1.2mmの穴を開口しΦ1.1mmの真鍮パイプを埋め込む. 

 垂直尾翼上端のアンテナマストも真鍮で作り直し. 焼きなました真鍮パイプをペンチで潰しヤスリで整形. 垂直尾翼上端にドリルで下穴を開けてからモーターツールでその穴を拡げ、自作したアンテナマストを差し込んで瞬間で接着.

 今日はここまでで時間切れ. 水平尾翼の取り付けまでは到達出来なかった.

明日の晩は京都の学会の準備だし、土曜日までは作業は出来ないかな?

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Tuesday, May 16, 2006

モラーネ・マスト

 フォッケF-8、今日もちまちま弄ってました. マーキングはキット指定の2./SG4のトロピカル迷彩にするつもりで実機写真を見ていたが、モラーネ・マストが見当たらない.

 気になってこの機体以外のF-8型の写真を探しても、モラーネ・マストが翼下面に生えた機体は余り(と言うか手持ち資料では殆ど)見つけることが出来ない.

 恐らくタミヤはキット化に際してNASMの機体を取材していると思われるが、NASMの機体にも無い. 一体どういうことだろ?

 瞬間で主翼下面のモールドを埋め. 主翼前縁の整形の際に削り取ってしまったガンカメラを松葉氏の図面を参考にΦ1.6mmのプラ棒で再現し、主翼付け根のMG151が生える穴を開口するために一旦瞬間で固め今日の作業は終了.

 明日(もう今日か)はこれらを整形し、機関砲の穴を開口して水平尾翼の取り付けまでを目標. 先週木曜~昨日夜まで長い長い1ソーティだったので余り進まない(泣

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Monday, May 15, 2006

空冷フォッケの方が敷居が低い

ふと気がついて見ると、フォッケのキットも一通り持って居たんだなぁ・・・と思い写真を撮ってみました.

Fockewolves

 完成機は空冷しか無いのですが、在庫のキットも空冷型の方が多い. 頭でっかちで筋肉質な空冷型のスタイルが好きと言うのは大きな理由ですが、それに劣らず大きな理由として、液冷フォッケはどうも心理的に敷居が高く感じられます.

 模型雑誌の作例とかweb上の色々な方の作品を見ていると、どうも液冷フォッケでは脚収納部中央を抜いて、中にエンジンを仕込むのが当たり前の様な風潮・・・と言うと大げさかも知れませんけど、なんとなくそんな雰囲気に感じられて.

 もちろん、トライマスターのキットも、タミヤのキットも1/48ではこの部分は空冷型と同じ部品を流用しており、エンジンの再現は為されていないため、エンジン後部はスクラッチするか、あるいはアフターマーケットのディティールアップパーツを組み込むことを余儀なくされます. MDCの改造パーツなんて、海外から直接取り寄せる以外には九州の片田舎では手に入りません.

 作ろう! と気持ちが盛り上がったときにパーツが無いと、どうも盛り上がりに欠ける感があり、かといってスクラッチする気力も無いことが僕の液冷フォッケに対する心理的な敷居を高くしている様です.

 脚収納部切り取ってのエンジン再現、やりたくないなぁ.

 あと、タミヤのキットでは機首が勃起していると言う評価が定説に成っているのも、二の足を踏ませる一因かしらん?

 小心者なんで、どうも人様の評価が気になってしまい、これらをしないと液冷フォッケを作ってはいけないんだろうって気分.

 A-8型の改修をやった様に、タミヤでエンジン後部が覗ける様にD-9のキットを改訂してくれないかなぁ? あるいはハセガワの新金型を待とうか?

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Friday, May 12, 2006

切り出しナイフ

 プラモを作る、その作業に必要最低限の切る工具として1本選ぶなら、普通のカッターナイフに成る. そのことには異論の有る方は余り多く無いだろうと思う.

 少しずつ、深みにハマると段々と工具も増えてくる。 でも切り出し小刀を使いこなしている人は多分そんなに多くは無いだろう.

 V・Jさん、 練達の師
 この方に出会う機会を得て、直にお話を伺うことが出来たのは僕にとって極めて大きなターニングポイントになった.

 もちろん、鬱に成るよりも今の職に就くよりも前の、模型を作っていた頃、数年前のことなのだけど、今でもそのときのことをありありと思い出すことが出来る。 初めて「大激作展」を見に行った時のこと.

 それから色々と直接に、ある時は人づてに、ある時は電線を介してお話を伺い制作上の様々な悩みに御指導を戴いた中で、切り出し小刀の使いこなしを教わった.

 残念ながらまだ僕は、満足な切り出し小刀を持って居ない. なかなか手に合う道具を見つけることが出来ずに居る.

 今は廉価な代替品としてオルファのクラフトナイフL型を使っているが、これでもスジボリやマーキングのケガキ、比較的大きな削り作業などにはカッターナイフやデザインナイフより遥かに使い勝手は良い. 刃が撓まないので自分の狙った通りに刃を走らせられる. 

 ただ、安物だけあって直ぐに切れ味は鈍るし柄は手にフィットせず、握ってると痛みを伴う.

 でもいつか、良い切り出し小刀を手に入れて使いこなせる様に成りたいものだ.

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円満に大学を離れる

 Profとサシで対談、ビクビクしていたけど、にこやかに

「頑張りなさい」 と言われる.

どうも、今までProfのことを多少誤解していたのかも知れない.
あるいは、単に厄介払いが出来たと言うことなのだろうか?

何れにしろ、円満に大学を離れることが出来ると言うのは嬉しいことだ.

2ちゃんねるの病院・医者板などを見ていると、医局を離れる時に様々な脅しを受けたり圧力を掛けられたりする事が多い様だから.

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Thursday, May 11, 2006

十の字へ

 フォッケF型、エンジンを仕込み主翼付け根を整形してカウリングとガンカバーが付いたので十の字へ成りました。 雑誌でも時々書かれていますが、タミヤのキットでは主翼付け根の機関砲カバーと主翼前半に実機の分割と無関係な分割線が入ります。

 ここをしっかり継ぎ目を消すことは僕にとっては譲れないポイントの一つですが、胴体側面にヒンジのモールドが有ること、ガンカバーのふくらみから仲々ヤスリがけが行い辛い部分であるとも思います。 雑誌に掲載されている作品でもここにバックリと継ぎ目が目立つ作品も結構あるもんね。

Wing_root_2   写真で示した赤 い線の部分を瞬間で一枚板に見える様にするだけなので、決して難しい作業では無いと思います。 今回は僕の作り方が不味くて、カウルフラップ部下のヒンジのモールドが損なわれたので、そこはプロストラクトのプラ棒を貼りつけ、切り出しで溝を刻んでヒンジのモールドを再生しました。

Cowling_2エンジンは、カウリングに入ってしまうとこんな感じ。

 今の生活サイクルだと、自宅に居ない(各地の病院等で当直している)日が多いので塗装の機会がとても少ないのが悩みの種です。 実は今日も当直バイトなのですが、ここは外来なんかまず来ないので、こういった削り合わせスジボリをするには好都合。

 でも、今夜から日曜まで旅烏なので、塗りに掛かれるのは何時のことかなぁ???

 でも、内定が来たのであと少しの辛抱ですね.

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Wednesday, May 10, 2006

やっぱりフォッケが好き!?

 我流会さんの掲示板で掲載されていたあべさんのフォッケを見て、フォッケを作りたい気持ちが更に高まり、結局「士の字」まで行ってたSBDとTBFを中断してしまいました。

 論文やら学会誌やら退院サマリーなんかで埋もれた魔窟から2年前の半完を掘り出して胴体と主翼を結合、エンジンにプラグコードを這わせたり、プロペラの付け根にプラペーパーを巻いたり・・・・

 キットはタミヤの1/48 FW190F-8 以前にも1機作ってるし爆弾も積んでるし

Fw190f8_0510 月曜、火曜と気持ちが昂ぶって今のところここまで。

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残るはボスキャラのみ

 月曜の懸案、履歴書の再送付を昼間に片付けた。 転職後に僕が行かなくなる分の日雇い出稼ぎ先をどうするか? ということ等を副医局長に朝から相談。

 医局長には夕方、少し時間を貰って、事の経緯を話し、2年前から 「機会があれば是非に!」 と熱望していたことや将来的な生活設計、大学の激務で身体を壊してしまった事などをゆっくりと話す。

 「立場的には、引き止めなきゃならないとこなんだけど・・・(無言)」

と微笑んで祝福してくれた。 ここまでは、まあ順調と言って良いのかな?

あとは 教授だけだ。 逃散、逃散

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Monday, May 08, 2006

意外な盲点

あべさんから頂いたコメントと、見事なメッサー109Fの完成機を見てふと思い出したのですが

僕って、メッサー作ったことが無いよ!(^_^;;;

 何故か今まで、ドイツの飛行機ったら、必ずフォッケだった・・・ 190なら1/72と1/48併せて何機も作ってるのに。 そーいえば、109はキットも多分二つか三つしか在庫してないのではなかろうか?

 あれだけのメジャー機なのに、トムキャッツでの活動でも、個人的な制作でも作る機会が無かったのは何でだろう??

 メッサーって、迎撃単能機のイメージが強かったからかな? 戦闘爆撃機の方が好きだから。

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今日は地連へ

 先日(21日)に面接を受けたところからtel有り。 予備自を辞めた形に書き直して履歴書を再送付する様に要求有り。

 本日帰宅途中に地連により、その旨を説明、非常に心残りながらも辞めることに。

 明後日書き直した履歴書を送付することで、ほぼ採用確定との由。 あとは医局長と教授にどのタイミングでどう話すかだな。

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Thursday, May 04, 2006

mixi(ミクシ)とパソコン通信

niftyの九州フォーラムの友人のがくちゃんから誘われてミクシに加入してみました。 まだ余り使い方が判らないのですが、コミュニティをうろうろと見てるとnifty 模型フォーラムのコミュニティが有ったので早速参加することに。

 模型フォーラム(Fも)は、パソコン通信をやっていた95年頃に加入しましたが、様々な地域の方と知り合いに成ることが出来て、とりわけ留学してた頃には日本語が恋しくて随分熱心に書き込みをしていました。

nifty自体がパソコン通信サービスを辞めてしまったことやインターネットの隆盛、それに自分自身が模型から遠ざかっていたことなどから随分ご無沙汰の方も多かったのですが、懐かしいハンドルの方を沢山見つけて、ちょっと幸せな気分です。

 今は皆さん様々にサイトやブログを持って居る、それ自体はすばらしい事なのですが、いろんなヒトが一箇所に集まる出会いの場(異種モデラー交流の場)みたいな求心力と熱気があそこには有ったなぁ・・・と。

 niftyに熱心に書いていた96年にfutureの紹介を書いたのですが、当時開封したボトルが、だいぶ量は減りましたけど今も殆ど変色せず少し残っています。

futureの経年変化については、使い差しのボトルの状態でも、完成品に塗布し乾燥した状態でも10年経っても特に変化は無いようです>future関係各位殿

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軽武装型の190A-4

 あべさんへのコメントにも書いたのですが、SBDが出来たらハセガワの新作のフォッケを作りたいと思っています。 手元にはハセ/ドラゴンの190A4やタミヤの190A3も有るので、ボブノーズのフォッケの作り比べ(←出来るのか?)も面白そうですが。

 ハセガワのキット付属decalはタミヤのそれとマーキングは被っているしハセ/ドラゴンのは主翼が旧トライマスターのままで、正しいA4にするには下面にバルジを付けたり諸々加工が必要で面倒そう。

 普通のA-3と、外翼のMGFFを外した190A4で面白いマーキングを探さなきゃ。

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Tuesday, May 02, 2006

士の字ふたたび

 SBDはほぼ士の字で、整形の際に消えてしまったこまかいスジボリ等をチマチマと復元中。 最終的には艶消しのグレー系2トーンで仕上げることになりますが、特に1/72ではもっと大きなスケールに比べて表面のヤスリ傷とかスジボリの歪み・はみ出しが目立つ様に感じられるのでゆっくりと#600~#1000で表面を仕上げています。 同時並行で進めているTBFも士の字で同じく表面の仕上げ中。

TBFのキットでは胴体側面の窓はそのまま内側から部品を接着すると胴体表面から一段凹んでしまい見栄えが悪く、パーツの隙間に瞬間を流し込んで外側から一皮剥いて面一にしたのですが、結構な段差が有ったためそこだけをヤスると妙に平板に成るので、ラインを崩さない様に均等にヤスった結果、かなり広汎にスジボリが消えてしまいました。 スジボリを復元したらマスキング、サフ→塗装ですが、この連休も必ずしも休日というわけでは無いのでどれくらい進むやら?20060503_120060503_2

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予備自、辞めなきゃ(-_-;)

 おかげさまで最近は鬱によりひどく落ち込むことも殆ど無くなり日常に復帰しつつあります。 大学医局の無給医なんてただの奴隷ですから、大学病院に全く行かずとも、ノルマとして割り当てられている外勤(いわゆるアルバイト)だけで、労働時間は週40時間はとうに越してしまいます。

 以前の様な生活に戻るとまた鬱がぶり返すのは必定ですし、もはや、やりがいも感じられない様に成ってしまったのでここらで医局を離れるべき時期なのでしょう。

 まだ確定はしていないのですが新しい就職先を模索しています。先日(21日)に面接に行き、好感触を得ました。 履歴書は東京の本社の方へ送られ、その際に「予備自」であることが問題となったそうで、こないだの週末に先方から予備自を辞める様にとのtelがありました。

 2003年に予備自補から予備三等陸佐に任ぜられて以来、日米予備役懇談会や鹿児島のSARS訓練、YSなど多くの貴重な経験をする機会を与えられ、それに対して自分自身も出来る限りの還元に努めて来ました。 辞めなきゃならないことは非常に残念なのですが、雇用主には逆らえません。 先ずは定職に就くことが最優先ですもんね。

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